秩父から世界へ「ベンチャーウィスキー」
秩父市にある酒造会社、株式会社ベンチャーウイスキー(肥土伊知郎社長)は、大企業以外では、数少ないウイスキーメーカーの一つで「イチローズ・モルト」の製造・販売を行っています。
世界の5大ウィスキーには、「スコッチ」「アイリッシュ」「バーボン」「カナディアン」「ジャパニーズ」があります。
同社のイチローズ・モルトのカードシリーズ「キング オブ ダイヤモンズ」は、2006年イギリスのウイスキー専門誌「ウイスキーマガジン」にて、ジャパニーズモルト特集で最高得点の「ゴールドアワード」に選ばれました。世界最高のウィスキーを決める「ワールド・ウィスキー・アワード」では、2007年以降5年連続でカテゴリー別日本一となり、品質の高さから世界のウィスキー愛好家に好まれています。
同社は、肥土伊知郎(あくといちろう)さん(50)が社長を務めます。2004年9月に創業。2007年に秩父蒸溜所立ち上げのため、国税庁にウイスキーの製造販売の免許を申請し、2008年2月に製造販売の免許が交付されました。
現在、年間の出荷量は、約16万本(700ml換算)。社員数は、13人です。
肥土さんの実家は、1625年から続く日本酒の酒造です。1980年代、祖父が羽生市に羽生蒸溜所を作り、本格的なスコットランド方式のウイスキーを製造しました。後にウイスキーの需要が下降し、売上の不振などもあり、父の会社経営は傾きしました。肥土さんは、父の仕事を手伝うため、勤めていた大手飲料メーカーを辞めました。しかし、経営が困難となったことから関西の会社へ経営を引き継ぐこととなりました。
関西の経営譲渡先の方針から、約20年造り続けた400樽のウイスキーの原酒は、廃棄されることとなりました。肥土さんは、熟成を重ねた個性的な香りを秘めたウィスキーの原酒を守るため、買い取り会社を必死に探しました。福島県郡山市の笹の川酒造が「廃棄は業界の損失だ」と樽を預かることとなりました。ウィスキーとして販売するため、肥土さん自身ががウイスキーを買い取り、同酒造の一角を借り、2005年5月「イチローズモルト」として販売しました。
秩父蒸溜所の立ち上げには、県から土地を借り、蒸溜所施設の建設費は、資産家の親戚を頼りました。現在は、同社の所有となっています。
同地域にて製造するきっかけとなったのは、蒸留所施設の土地探しがスムーズだったことと、自然豊かで空気や水がきれいで製造に環境が適しているからです。
同社のウイスキーの原料の二条大麦は、ドイツ・イングランド・スコットランドから製麦(せいばく)したものを約160t。同市吉田地域で栽培し、JAちちぶから乾燥調製した二条大麦を約15t(今年度は約10t)買い取り、同社で製麦したものを使います。
地元の二条大麦を使いたいという気持ちも多少あり使ったが、結果的に非常に良い品質の原酒が出来ました。
今年からの試みとして、同地域の二条大麦のみで製麦したウィスキーを製造しました。結果、同地域の気候などが二条大麦の栽培に適しており、非常に味や香りの良いものができて驚いています。3年以上熟成させ、納得のいくものに仕上がった時に販売する予定です。
工場内の案内をしてくれた、同社の創業から勤めているプロダクションチーフの門間麻菜美さん(32)は「東京農大卒業後、酒造りに携わりたくて、北海道から来ました。これからも高品質なウイスキーを製造していきたい。」などと話しました。
肥土さんは「ウイスキー愛好家に新しく美味しいものをこれからも提供していきたい。秩父で熟成させた30年もののウイスキーを味わうのが夢だ。」などと話しました。
ウイスキーの製造工程は、下記になります。
1.「製麦」
大麦を水につけ発芽させ、糖化酵素を作らせます。それを乾燥します。
2.「糖化」
「製麦」したものをモルトミルで粉砕し、糖化槽に入れます。温水を加えてかき混ぜ、同社では、3回に分けて段々高温になるように温度の違う温水を加えます。出来上がった1番麦汁(ばくじゅう)と2番麦汁は発酵槽に移され、3番麦汁は、次の麦汁を抽出する時に使います。
3.「発酵」
発酵槽に麦汁と酵母を入れ、4日間発酵させます。麦汁はアルコール度数8%前後の醪(もろみ)へ変わります。同社では、手入れのしやすいステンレス製ではなく、乳酸菌発酵に適している、東北のミズナラの木で作った特注品の発酵槽を使います。
4.「蒸留」
醪を銅製のポットスチル(蒸留器)で2回蒸留します。初留でアルコール度数約20%、再留で約70%になりなす。蒸留したてのウィスキーは無色透明です。同社では、ポットスチルにもこだわり、スコットランドの老舗へ細かな希望を伝えた特注品を使います。蒸留したものは、最初に流れるヘッド、中間に流れるハート、最後に流れるテールに社員の蒸溜技術者が分け、味・香りを確認し、ハートのみを使います。ヘッドとテールは、次の再留に使われます。
5.「熟成」
「蒸留」した酒を樽に詰めて貯蔵庫で寝かせます。これにより、ウイスキー特有の琥珀色や味わいが生まれます。同社では、3年以上寝かせ、風味の良くなったものだけを商品化します。樽には、シェリー酒・バーボン・ワイン(樽の種類により色合いや風味が変わります)などの空樽数種やミズナラの木を使った、自社で作ったものなどを使います。貯蔵庫は、地面がむき出しで、空気の循環のみで熟成させます。同地域の寒暖差の大きい気候が熟成に適し、熟成を早め、風味に深みがあるものができます。
工場での1日の工程で1樽出来上がります。